
光全寺は、慶長(けいちょう)年中(1596~1615)までは
川熊村(角間(かくま)村)の菩提(ぼだい)寺で
善光寺と称していました。
文禄4年 (1595)雄勝、平鹿地方の領主
小野寺義道(おのでらよしみち)の末子仲之助光全が
善光寺に入り、光全庵を建てて庵主となり
良順と名乗っていました。
善光寺は、良順の遷化(せんげ)後
廃寺となっていましたが、
寛永5年(1628)光全庵を一寺に興し、
物盤艦逸(ぶっぱんかんいつ)和尚を
開山に横手の金剛山天仙寺(てんせんじ)の末寺、
百花山光全寺として
法地開闢(かいびゃく)を願い出て許されました。
光全寺は、平成21年(2009)に
20世住職(じゅうしょく)が遷化したのち
無住となりましたが、
現在元西(羽後町(うごまち))の
西蔵寺(さいぞうじ)住職が
寺を守り継いでいます。
所在地 秋田県湯沢市角間字馬場227
本 尊 釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)
