湯沢市弁天地域歴史探訪

胸形神社

胸形神社(むなかたじんじゃ)

胸形神社

和銅年中(708-717)小森山弁財天(べんざいてん)は、 岩崎山(いわさきさん)嶺(れい)の城主である 大守上(たいしゅかず)総守(さのかみ)の 氏神(うじがみ)であったと伝わっています。

また、天暦(てんりゃく)元年(947)上総守の 家臣24人が集まり評議したところ、 日ごろ弁財天に参詣者(さんけいしゃ)が 少ないのは、麓の手洗蓮沼(てあらいはすぬま)に 大蛇が居るためとのことで、 5人の村人が弁財天に 祈願して沼の主を追い出し、 木津根崎(きつねざき)で 退治して横山に埋めました。

これより参詣者は多く、 5人の村人は社殿再建を命じられて 社守(しゃもり)となり、守逢(もりあ)う村と 言うことから森合(もりあい)村の 創始となったとの言い伝えがあります。

明治元年(1868)の太政官(だいじょうかん) 布告(ふこく)による神仏分離の 政策によって、森合の弁天社は 胸形神社と改称しました。

小森山の高さは100mほどですが 平地にあり目立つ山です。 山頂に森嶽神社(もりたけじんじゃ)と 隣合って胸形神社が建てられています。 これは、森と森合に争い事の ないよう半々(はんはん)に 山を分け村境に 神社を建てたものと言われています。

住所 秋田県湯沢市岩崎字小森山

祭神 狭依毘売命
(さよりひめのみこと)

祭日 5月4日








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