

寛文8年(1668)ある門付(かどづ)け和尚が
杉沢新処を通りかかっていたとき、
疫病(えきびょう)が流行っていました。
和尚は、この疫病を退散させるため
自分を犠牲にして生き埋めとなり、
竹筒を通して水だけを入れてもらい、
お経を唱えながら鐘をたたき続けました。
鐘が鳴らなくなったら掘り起こして
葬ってほしいと言って亡くなりました。
この地域の人達に悪い病気が流行ることもなく済み、
この和尚を丁重に埋葬して
祀ったのが泉光院であると伝えられています。
縁日は、5月16日と10月16日となっていて、
無病息災、家内安全祈願のため
多くの人たちが訪れます。
所在地
秋田県湯沢市杉沢新所字林長根
(杉沢新所墓地公園内)
